2022-8-27 「拳禅一如」「力愛不二」
毎週土曜日は、学科学習を行っています。
今回は、少林寺拳法の六つの特徴から「拳禅一如」「力愛不二」です。
「拳禅一如」の「拳」は体(身体)を表し、「禅」は心(精神)を表します。
「一如」は、異ならないこと。一体であることという意味です。
つまり、体と心は切り離すことが出来ず、一体であるという事です。
身体と精神を分ける事が出来ないとするならば、修行をする際も身体と精神は同時に修行した方が良いのではないでしょうか?
金剛禅(少林寺拳法)の修行の在り方は、体と心の両面をバランス良く修行していくことを目指します。そしてその様な学習方法が準備されています。
因みに「心身一如」(「身心一如」も有るようです)と言う言葉があります。これは仏教用語のようですね。
心身ともに充実していること。 物事に一心に集中しているさま。 また、身体と精神は一体であって、分けることはできず、一つのものの両面にすぎないという仏教の考え。
「力愛不二」の「力」は力が強いの意味だけで無く、権力、経済力、武力なども含みます。「愛」は慈愛、慈悲という意味です。
「不二」は、二つに異ならずと言う意味で、二つに見えて実は一つであること。ただ一つであること。
「力と愛」は正反対のように思えるが、この二つを調和することが大切となる。
誰かを助けたいと思っても、自分に助けるだけの「力」が無いと助けることができない。
一方、自分の欲望のまま、「力」を使うのは、単なる暴力になってしまう。
権力や地位など「力」を持つ者は、その「力」を行使する際は、他の者を思いやる「心」が必要となる。
(ドラえもんのジャイアンの様になってはいけない。但し、ジャイアンも映画になると優しい心を発揮して、「力」を行使しているようですね。)
「力愛不二」は、金剛禅(少林寺拳法)の目指す在り方を表しています。
「拳禅一如」は、その為の修行方針を表しています。
我々は「力」と「愛」の相反することの調和を求めて、「体」と「心」の両面同時に「行」として、修行していくのが金剛禅です。そして、その修行方法として、少林寺拳法を行っています。